人員削減を行なうと、その会社の株価が上がった時期がある。バブル景気の時期に抱えた過剰設備、不良資産、過剰人員を減らすことが、経営手腕として評価された時代があった。
だが実態は、クビ切りをリストラと言い換えただけのものだった。正社員が減って弱体化した現場を、派遣社員の増加でつじつまを合わせ、アウトソーシングと称した場合も多かったように思う。
こうした場当たり的なやり方では、とりあえず業績回復に成功しても、再び人員不足に直面して当然だ。
時代のめぐり合わせと言ってしまえばそれまでだが、採りすぎたからリストラし、不足したらまた大量採用するというのは、人員政策に問題がある気がする。バブル期の採用に対する反省なしに同じことを繰り返すようでは、本当に人間を大切にしているのか、と感じざるを得ない。
人を大切にするということで、松下電器産業には、半ば伝説化した話がある。
一九二九年、不景気のため販売が半減し、在庫が大幅に増加、危機的状況に陥った時のことだ。松下幸之助さんは、「従業員を半減してはどうか」という声に対し、「従業員はただの一人も解雇しない。雇用は維持する」と決意した。ただし半日勤務とし、さらに全員で在庫品の販売に歩く。
この方針は従業員を奮い立たせた。全員が揮身の力を尽くした結果、在庫は完売し、半日勤務が廃止になった。そればかりか、今度は全力で生産に当たらないと追いつかないほどの活況を呈することとなった。
これほど雇用を守った松下電器が、一九四○年代半ばには人員整理やむなしに至っているのだから雇用問題は一筋縄ではいかないのだが、松下さんの「雇用を守る心」の大きさに変わりはわない。
私は単純に、人を大切にせよ、クビを切ってはいけないと言っているわけではない。問題は、従業員を辞めさせることに、トップが痛みを感じているかということだ。強い痛みを感じ、どうすれば人を切らずにすむかを真剣に考えることは経営者の務めだと思う。