健全な経営者は、後継者を健全に育てることができる。
だが、どんなにすぐれた先見性や実行力によって企業を育てた経営者でも、ワンマン経営に陥り、権力欲にとりつかれてしまうと、もう後継者を育てることができなくなる。それどころか、企業の将来を担う人材を「自分の地位を脅かす存在」として社外へと出してしまうことも、ままある。
カネボウの場合も、それに似ている。伊藤淳二さんが35年も実権を握り続けた影響で、経営者としての真の実力よりは、伊藤さんの暗部をカバーできる人、伊藤さんが安心して経営を任せることのできる人間が役員やトップになることが多かったように思える。
これでは、伊藤さんが手塩にかけて育てた事業に大鈍を振るい、路線を時代に合わせて大きく変えていくのはむずかしい。
過去を全否定する必要はないが、「自分を出世させてくれた」トップの言ったこと、やったことを踏襲するだけの経営者では、企業を生成発展させていくのは困難だ。
「人を育てる」ために、企業はどんな試みをしているか。
たとえばキヤノンは、「キヤノン経営塾」と呼ばれる一種の経営者養成塾を2002年から開いている。塾長を御手洗冨士夫さんが務め、講師陣は大学教授やジャーナリストによって構成される。生徒は新任役員候補20名で、半年間、計十五回開催される。生徒のうち最終的に4~5名が、役員(後継者)にふさわしい人材として選出されることとなる。役員の登竜門というわけだ。
経営のテクニックや方法論を教えるというよりは、全人格的な教育が主体であるという。
「トップには私心なき人間を」が持論の御手洗さんらしいやり方といえる。
ほかにも、塾やフォーラムなどの形で、人材の育成に努める会社はいくつもある。それらに共通するのは、「仕事とは」「人生とは」といった根源的なところまでさかのぼって考え、そこからビジネスを大局的に見る力を養っていく点である。
社外の一流の人物を講師に招き、本人の替咳に接することで、「人間の器量」に気づかせるケースもあるようだ。
経営者の中には、会社を私物化し、社員を「家来」「手下」、はなはだしきは「道具」呼ばわりする人がいるのは事実だ。そんな感覚では、すぐれた管理職はおろか、いい後継者など育つはずもない。
人を育てる時は、「自分を凌駕するほどの人材」を育てることを目ざすのはトョタ自動車の社風だが、一般的に言っても、人づくりにそれだけの熱意、情熱を傾ける経営者がいて初めて、その企業は生成発展できることになる。
本田宗一郎が育てなかった人
経営者、特にオーナー経営者は、自分の子供をどう扱うかも問題になる。私は、「子供だから」という理由だけで会社に入れてはいけないとは思っていないが、周囲がやる気をなくすほどの扱いをするようだと、人材が育たなくなると考えている。
本田宗一郎さんが多くの人の尊敬を集める理由の一つに、自分の息子に跡を継がせなかったことがあげられる。
本田さんも人の親であり、「息子を会社に入れ、(二代目は初代に及ばないという)世間の憶測が間違っていることを、せがれの大番闘によって証明してやろうかと考えた」こともある。
しかし、すぐにそう考えた自分を恥じた。
「息子がすぐれた経営者に成長したとて、私の今までの哲学は雲散霧消してしまうだろう。またこうも思った。せがれは一人だが、従業員という息子は何千人もいる。せがれだからという理由だけで後継者にするのは、何千人もいる息子たちへの大きな裏切りではないか、と。
十年以上の時が流れ、やはりあれでよかったんだと思う」
すぐれた経営者が、こと自分の息子のことになると、冷静さを失なう話をよく聞く。その意味でも、この決断は正しかったと私も思う。
「経営は人材の集積値であり、優秀な人が集まれば集まるほど、会社は強くなります」とは御手洗さんの言葉だ。
経営者は「人づくり」こそ最も大切な役割と知ることが必要である。